高田会員からのカモシカ報告

髙田 隼人 (富士山科学研究所)

日本各地で減少してきているニホンカモシカと二ホンジカの因果関係

カモシカは日本の山岳生態系を代表する我が国固有の大型草食獣で「生きた化石」と呼ばれるほど原始的で、ヤギ亜科の祖先種によく似た形態や生態を持つと考えられています。そのため学術的にとても貴重で、国の「特別天然記念物」として手厚く保護されてきました。しかし2000年以降、全国各地でカモシカの減少が報告されるようになりました。四国や九州、紀伊山地などは特に深刻で、国の定める「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されています。

カモシカの減少の要因として、ニホンジカ(以下、シカ)の爆発的増加や分布拡大の可能性が指摘されています。シカは繁殖力が高いので高密度になりやすく、採食圧や踏圧を通じて植物群落に大きな影響を与えます。例えば、シカが高密度になった地域では、下層植生の減退(下草がなくなる)、不嗜好性植物の増加(マルバダケブキなど)、や森林更新の阻害(次世代の若木が育たない)が起き、これらを通じて様々な動物の生活にも影響が出ると考えられます。シカの増加に伴って、カモシカの餌条件の悪化や、シカと直接出会うことによりストレスを感じている可能性がありますが、実際このようなことが起きているかどうかは調べられていません。

浅間山にはカモシカが古くから生息していて、昔から登山者に親しまれてきました。特に高標高域の草原は、多くのカモシカを観察できる魅力的な場所です。一方シカは2000年頃から生息が確認されはじめ年々個体数を増やしながら分布を拡大し2010年代には高標高域の草原にまで分布を拡大させました。私たちの研究チームはカモシカ平に生息するカモシカの行動や生態を明らかにするために、2014年から現在まで火山館を拠点に研究を進めています。カモシカ一頭一頭に名前を付けて、個体数や出産状況を毎年調べていますが、2014年から2019年にかけて個体数が徐々に減ってきてしまいました(2014年;31.1頭/㎢⇒2019:23.7頭/㎢)。同時に、調査開始時から年を追うごとにシカの目撃頻度が増加し、樹皮剥ぎや採食圧・踏圧の影響が顕著になってきました。そこで、シカの増加がカモシカに悪い影響を与えているかもしれないということで、2019年から2種の関係について本格的な調査を開始しました。

まず、外輪山(カモシカ平からJバンドまで)のシカの生息状況を探るために、全域での直接観察と糞塊調査(糞の数を調べる)を2019~2020年に実施しました。すると、カモシカ平に比べて北側(特に蛇骨からJバンド)の方がシカの個体数が多いことがわかりました。また、カモシカ平付近では多様な植物が花をさかせるのに対し、蛇骨岳の周辺は植物種が少なく単調で、シカが嫌うマルバダケブキやバイケイソウが多いことがわかりました。そこで、シカが多い蛇骨岳周辺とシカが少ないカモシカ平周辺で、カモシカの採食行動や警戒行動、栄養状態、生理ストレスに差があるかどうか調べるために行動観察と糞の分析による調査を2021年からおこなっています。まだ調査の最中ですが、この調査によってシカが増えることによるカモシカへの影響の詳細がわかるかもしれません。シカは悪者扱いされてしまいがちですが、日本の生態系の大切な一員でもあります。シカとカモシカを含めた他の動植物の関係を解明することにより、どのようにシカと向き合っていくべきかを考える材料になればと思っています。

お互いに見つめ合うカモシカとシカ、カモシカ平にて