高田会員が日本哺乳類学会奨励賞受賞

湯の平でカモシカの研究を続けている高田会員が2022年度日本哺乳類学会の「奨励賞」を受賞されました。長年に渡り熱心に続けて来られたフィールドワークの成果がこうして認められたことは浅間山クラブとしても大変に喜ばしい気持ちです。高田さん、おめでとうございます!  高田さんの受賞コメントと選考報告をご覧ください。

受賞コメント

直接観察から迫る単独性有蹄類ニホンカモシカの生きざま

―社会進化プロセスの探求―

髙田隼人 (富士山科学研究所)

 ニホンカモシカは日本固有の原始的な森林性有蹄類であり、採食生態はブラウザーであること、単独性で同性に対する資源なわばりを持ち、一夫一妻制であることが知られる。視野を広げると、ほとんどの有蹄類が草原などの開放環境に適応し、グレイザーもしくは中間型の採食生態、群れ社会、複婚制の配偶システムを持つ中で、カモシカのような原始的森林性種は圧倒的な少数派である。では、なぜこの少数派の行動形質がカモシカで進化したのか?また、有蹄類における単独性から群れ社会、一夫一妻制から一夫多妻制への社会進化はどのような選択圧を受けて起きたのか?これらの疑問にアプローチするため、森林と高山草原に生息するカモシカを対象に個体識別に基づく長期直接観察を実施し、生息環境の違いに応じた行動の変異を探ってきた。その結果、森林では広葉樹を主食とするブラウザーであるのに対し、高山草原ではイネ科を主食としながら食物組成が季節的に大きく変動する中間型であること、森林ではメスが単独でなわばりを防衛するのに対し、高山草原では2-3頭のメスが行動圏を重ねてグループなわばりを形成すること、森林では一夫一妻制であるのに対し、高山草原では1オスが最大5メスを独占する一夫多妻であることを明らかにした。これらの成果により、有蹄類の祖先が森林から草原へ進出するに伴い、ブラウザーからグレイザー、単独性から群居性、一夫一妻制から一夫多妻制が進化したとする仮説を実証的なデータを基に支持することができた。草原における大量にまとまった食物の供給は採食競争の緩和を通じてメス群の形成を促進し、メスの集中分布はオスの一夫多妻化を促進したと推察された。

上記の研究は授賞理由の大きなウェイトを占める成果であるが、実際には他にも様々なテーマ、分類群を対象に研究をおこなってきた。例えば、カモシカでは対捕食者戦略・生息地選択・空間分布・シカとの種間関係、シカでは食性・生息地利用・群れ行動、はたまたテングコウモリではねぐら利用・食性・出巣行動などである。様々な研究を進める中で一貫してきたのは「純粋に野生動物の生きざまを観たい、そしてその適応的な側面を知りたい」というモチベーションと「とことんフィールドに入り込み、観察をおこなう」「観察からの気づきを定量化し、検証していく」というやや今どきではない泥臭い研究スタイルかと思う。また、日本での哺乳類の直接観察研究は最近ではやや低調傾向に思え、研究者によっては古臭いと思うかもしれないが、驚くほど多くの気づきや疑問を与えてくれる強力かつエキサイティングな手法だと感じる。今後も泥臭くフィールドでの観察を続け、カモシカを中心に様々な哺乳類の生きざまを行動生態学的な視点から紐解いていきたい。

選考報告

2022年度日本哺乳類学会奨励賞選考結果

奨励賞選考委員会委員長:横畑泰志

 日本哺乳類学会奨励賞規定に基づき,候補者の募集を行ったところ5名の応募がありました.日本哺乳類学会奨励賞選考委員会において選考を行い,その審査結果をもとに,金治 祐氏および高田隼人氏を2020年度の第20回奨励賞候補者として理事会に推薦します.

受賞候補者:金治 佑 氏

(省略)

受賞候補者:高田隼人 氏

 1991年生まれ.2018年3月,麻布大学大学院獣医学研究科動物応用科学専攻博士後期課程修了.同年麻布大学より博士(学術)の学位を授与.現在は山梨県富士山科学研究所研究部自然環境科研究員.日本哺乳類学会には2012年から会員となり,それ以来ほぼ毎年の年次大会においてポスター発表を中心に多くの発表を行ってきたほか,2017年以来哺乳類保護管理専門委員会カモシカ保護管理検討作業部会の一員を務めるなど,学会活動に貢献してきた.

 高田氏は,ニホンカモシカを主な対象に,個体識別,長期行動観察というオーソドックスな行動生態学的研究を精力的に続けてきた.その結果多くの成果が得られているが,最も重要な点として,従来研究されてきた森林に加えて高山草原という異なる生息環境での知見を積み重ね,後者では雌の群れ形成が促進され,雄との間で一夫多妻性の配偶システムが生じるという,従来のニホンカモシカ像を大きく覆す発見を行っている.さらにその知見に基づいて,偶蹄類の森林から草原への進出に伴う食性や社会構造の変化に関する従来の仮説を,実際のデータに基づいて支持することができた.また,有蹄類のみならず,単独性コウモリ類の行動生態にも持続的に取り組み,ねぐら利用や出巣行動,採食生態などに関する様々な成果を積み重ねている.

 これらの研究成果は,25編の原著論文などとして,数多くが公表されている.今後は国際学会での発表や,国際的に評価の高い雑誌により多く投稿し,国外での評価をさらに高められること,保全や管理のような応用分野にも,より直接的にアピールするような発展が期待される.これまでの業績とその将来性は,日本哺乳類学会奨励賞の受賞にふさわしいものである.

 なお,今回選に漏れた3名の応募者も非常に数多くの成果を上げ,あるいは卓越した内容の研究をされており,いずれもこれからの国内外の哺乳類学の研究を指導的な立場で支えていただける方々のようであった.今後とも優れた業績を重ねられ,奨励賞に応募されることを期待している.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です